サブラのようなイスラエル

Photo_thumb昨日、知人の写真展、「Israel Day & Night」に行って来ました。 写真家の森口康秀さんは、元々オスカープロ所属で、モデルや俳優をしていらっしゃったそうですが、13年ほど前から、中東などの紛争地帯での生活を通じ、写真を撮られる側から撮る側にキャリアシフトされた方です。
たくさんの写真が展示されている中で、彼の写真展の入り口に飾られていた1枚の写真に引き寄せられました。それは、サブラと呼ばれるサボテンにできる果実の絵でした。表面には無数のとげがあり、手で取ろうとすると、このとげが突き刺さるそう。しかし、中身はとても甘く美味しいことから、イスラエルではユダヤ人をサブラのようだと表現するそうです。外見は棘だらけで、痛いし醜いけれども、中身は甘くて魅力的。また、乾いた大地に根を下ろし、どんな環境でも生きていく、その姿から、生まれ育った故郷から何があっても離れない決意の象徴ともされているそうです。
そんな決意を遂行するため、自らを守り、国を守るために、男性は3年、女性は2年の兵役があります。また、紛争地帯のため、各バス停に爆弾テロを監視するための警備員が配置され、日常の中に「戦争」がある国。でも、軍人を含めた全ての人が見せる日常の「幸福」。
多面性。これは、イスラエルを象徴していると思います。自然という観点からも、四国くらいの大きさに、砂漠と緑の両方があり、様々な表情を見せるそうです。この写真展では、イスラエルの多面性にフォーカスをあて、森口さんの感性で日常を写真というツールを使って切り出していて、いろいろなことを考えさせられました。特に、多面性というイスラエルの現実を通じ、命の重さとはなんだろう?と考えさせられました。
私自身は、扮装地域に住んだことはないのですが、10代半ばのある夏、とても治安の悪い地域で生活をしていたことがありました。どのくらい治安が悪かったかというと、警察の護衛なしでは外に出ることすらできないほどの治安の悪さでした。年中、銃声が聞こえ、道に血が飛び散っていることや、死んでいるかどうかは分かりませんが、人が倒れていることもよくありました。朝、寮から歩いて5~10分の教室へ行くのに、寮で全員集合をして、警察を呼び、銃で武装した警察官2~3名に護衛されながら、教室まで送ってもらいました。次の授業に移動するときも全て同じように警察に護衛されていました。そして、夜は、全員が生きているかどうかの確認があり、夜7時以降は寮から出られないようにカギがかけられていました。
銃で人を撃つとどうなるのか、ナイフで人を切るとどうなるのか。日常の中に大きくても小さくても戦いがある人たちは、それをよく分かっています。銃で撃たれ内臓が出たまま、苦しみながら死んでいく友達を看取ったり、仲のよかった友達が暴力に巻き込まれ突然帰らぬ人となる悲しみを知っています。だから、どこまで手加減をしたら大丈夫なのか、どこからが死に至るのか。日常の中で自然に身につけているのでしょう。
そんな教育のされ方がいいことだとは思いませんし、安全に暮らせるのが一番いいとおもいます。しかし、日本という穏やかな国に住んでいると、安全であるがゆえに、命の重さがだんだん分からなくなってくるように思います。
このような写真展を通じて、少しでも多くの人に、いろいろなことを感じてもらえたら良いな、と思いました。

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