(Study)書展開催で分かったこと
今日が書展の初日だったので、朝の仕事の前に、どういう仕上がりになっているのか、駆け込んでみてきました。
ところが、額装が私のイメージしていたものとまったくことなり、しかも、ななめに傾いて掲載されて、さらに、蛍光灯が映りこんでいて文字がほとんど読めない。
…というひどい展示になっておりました。
その場で、涙が出てきてしまいました。
昨年の12月からこの作品を作るために、先生と相談に相談を練り上げていった結果がこれ!?
確かに私の御手はキレイになったと言われるし、私もずいぶんと成長したとは思っていましたが、こんな額装になるのだったら、出品しなければよかったと思うほど、額装がひどく、私が作りたかった山田耕筰の世界のお話はどこへいっちゃったの!?
展覧会が終わるまでははずせないときいて、さらに号泣。
この作品がこのよに存在していることすら許せない。
そして、その作品についてきちんと何度も話し合って作り上げていったはずなのに、そこが出来ていない、そのさみしさ。
アーティストは常に孤独であるというけれど、これは、孤独の前に問題があったんじゃぁないのか!?
…そんな残念な展示会で、胸が締め付けられるほどつらく、涙がこぼれた1日でした。
展覧会から作品が戻ってきたら、いつもお世話になっている世界堂さんに泣きつきに行って、そこでちゃんとつくって、キレイに写真を撮ろう。
そう、こころに決めました。
写真を撮った後は、もちろん、私のこまかーい説明が待っております。
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