My Sergei

My_sergei_32度のオリンピック金メダリストのペアスケーター、エカテリーナ・ゴルデーワと彼女のパートナーセルゲイ・グリンコフ。94年のリルハンメルの1年後に、セルゲイが28歳の若さで氷上で亡くなり、セルゲイを偲んで書いた「My Sergei」。映画化もされています。
#ビデオと本の両方とも大事に保存してあります

My_sergei_2_2土曜日の朝、珍しく週末なのに早起き(これだけ早寝なんだから早起きして当然と言われそうですが)して、書庫を片付けていたところ目にしてしまい、本を取り出し読み始めてしまったら、なんだか映画も見たくなって映画も見てしまいました。
#こうして書庫は片付かないまま次の週末を迎えます...^^;;;
子供の頃からフィギャースケート好きな母の影響でフィギャーを見たり、連れて行ってもらったりしていたのですが(大学の体育の単位もフィギャースケートで代用したな(笑))、このカップルのNHK杯での衝撃的なデビューを今でも覚えています。88年のカルガリーオリンピックでは、金メダル獲得。その後、アメリカで滑ったときにその姿を観に行き、自分とそう年齢の変わらない彼女たちの演技の裏にどれだけの苦労と苦悩があったのだろうと思わざるを得ませんでした。
この本を読むまでは、彼女たちのソビエトでの生活は多くは語られていなかったため、どういう10代を過ごしてきたのだろう?と想像の範囲だったのですが、この本で、10代のKatia(エカテリーナ・ゴルデーワの愛称)が何をどう考え、どうスケートと向き合ってきたのかがよく分かります。また、ソビエトという世界の中で、オリンピック選手として育てられるのかについても、その様子が伺えます。当時のソビエトの置かれていた状況を考えながら読まないと、ただのメロドラマとしてしかとらえられないかもしれませんが、その裏には社会的/文化的/政治的に貴重な情報がたくさん盛り込まれています。
オリンピック選手がプロに転向し、家族を持つことを先延ばしにしてキャリアを積むのが一般的な中、KatiaはDariaを産み、ロシアにいた母に子育てを手伝ってもらいながら、プロスケーターとして氷の上に戻るくだりや、プロになったにも関わらず、2度目のオリンピックに挑戦し、金メダルを獲得するまでのこと。突然氷上で最愛のパートナー、セルゲイをなくし、Dariaとふたり、セルゲイの追悼公演で滑るところ。シングルスケーターとしてのキャリアをスタートさせるところ。最後は涙なくしては読めない、見られない本&映画です。
彼女はその後、同じロシアのスケーター、イリヤ・クーリックと結婚し、彼との間に産まれたエリザベートとセルゲイとの娘のダリアの4人でとても幸せに暮らしているそうです。
多くの人が、辛い経験を前に立ち上がれなくなってしまう時に、Katiaはそれを乗り越えていき、幸せな姿を見せてくれます。自分ができることをプロとしてきちんとやることで前に進んでいく。その姿勢は厳しいけれど、確実にリカバーできる方法なのだと教えてくれます。
後にCNNのインタビューで次のように答えています
“To come back on the ice [after Grinkov’s death] was hard, and at the same time it was kind of a healing process,” Gordeeva said. “I knew there [were] a lot of friends out there, and I wanted to be with them.”
スケートと、そして、サポートしてくれた仲間がいたから戻って来れたと。
“Finally, in the last two or three years, I feel very comfortable to skate by myself and I know what I can do and what I cannot,”
時が癒してくれると言うけれど、それは確かにそうだと思う。いつか思い出に変わる日がくるのだから。
(総合評価:★★★★★ スケート好きでなくても学びの多い1冊)
最近、読み返す本やマンガが多いです。部屋の掃除をこまめにしているせいだからでしょうか?(片付けようとしているのほうが正しいかも...)

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